栄州の歴史

三国時代

  • 高句麗の奈(ネ)己(ギ)郡(グン)および、及(クプ)伐(ポル)山(サ)郡(グン)
  • 新羅の破(パ)娑(サ)王が占領
  • 新羅に服属(AD100頃)

統一新羅時代

  • 奈己郡を奈(ネ)霊(リョン)郡(グン)に改称
  • 豊(プン)基(ギ)地域に基(キ)木(モク)鎮(ジン)を設置

高麗時代

  • 基木鎭を基州に、汲(クプ)山(サン)郡(グン)を興(フン)州(ジュ)に改称(995)
  • 奈霊郡を剛(カン)州(ジュ)に改称した後、順(スン)安(アン)に再び改称(1143)
  • 及伐山郡を興州に、その後さらに順(スン)政(ジョン)に改称
  • 順(スン)興(フン)が府として昇格(1348)

朝鮮時代

  • 順(スン)安(アン)を栄川に改称して郡守を派遣、基州は基(キ)川(チョン)県に改称
  • 文宗の安胎地であり殷(ウン)豊(プン)と基(キ)州(ジュ)の二つの里の名に由来して、豊(プン)基(ギ)と改称
  • 順興都護府を廃府して、永(ヨン)川(チョン)郡(グン)/豊基邑/奉(ポン)化(ファ)県(ヒョン)に分離・編入(1457)
  • 順興都護府が復活(1683)
  • 勅令28号により安(アン)東(ドン)府(ブ)の管轄(高宗32年、1895)となる。

日本帝国による植民地時代

  • 府令第111号により、栄川郡、豊基郡、順興郡が栄(ヨン)州(ジュ)郡(グン)に統合(1914)
  • 府令第221号により、栄州面が栄州邑(ウプ)に昇格(1940)

終戦以降

  • 豊基面が豊(プン)基(ギ)邑に昇格(1973)
  • 栄州邑が栄州市に昇格、豊基邑及び9つの面は栄(ヨン)豊(プン)郡(グン)に分離(1980)
  • 栄州市と栄豊郡が栄(ヨン)州(ジュ)市(シ)に統合(1995)