竹渓九曲

  • 竹渓九曲
  • 竹渓九曲の名の由来は、高麗後期の名高い賢人であり、文筆家だった謹斎・安(アン)軸(チュク)の「竹渓別曲」にはじまります。李(イ)退(テ)渓(ゲ)や周(チュ)世(セ)鵬(ブン)など朝鮮時代の名高い儒者が修学していたことで広く知られた渓谷です。

    • 所在地 : 栄州市 順(スン)興(フン)面(ミョン) 裵(ぺ)店(ジョム)里(リ)

紹介

竹(チュク)渓(ケ)九(グ)曲(ゴク)の名の由来は、高麗後期の名高い賢人であり文筆家だった謹斎・安(アン)軸(チュク)の「竹渓別曲」にはじまります。李(イ)退(テ)渓(ゲ)や周(チュ)世(セ)鵬(ブン)など、朝鮮時代の名高い儒者が修学していたことで広く知られた渓谷です。竹渓九曲は草(チョ)庵(アム)寺(サ)の前の第壱曲から始まり小川にそって降りて、三(サム)槐(グェ)亭(ジョン)の手前の第九曲に到るまでの約5里の間に分布しています。この竹渓九曲は朝鮮王朝時代、英(ヨン)祖(ジョ)による執権初期に順興府使を歴任した申(シン)弼(ピル)夏(ハ)が最初に定めたもので、昔の草庵法堂の前の岩肌に「竹渓一曲」と大きく刻まれています。また、渓流の下の盤石には行書で「第一水石」の四文字が刻まれています。非常に力強く、闊達な字ではありますが、長い歳月で風化し、今はようやく識別できるほどです。

今、竹渓九曲へ足を運ぶと、昔の先賢がここで抱いた感興をそのまま感じ取ることができます。いや、コンクリートの中で暮らす現代人だからこそ、自然が与える感動を超え、さらに大きな癒しになるでしょう。

渓流の底まで透き通る清らかな川、鬱蒼と茂る緑の森、その間に顔を見せる白い岩、これらの調和した竹渓九曲では、どこでも座って足を浸してゆっくりと寛ぐことができます。夏には暑さを避けて竹渓九曲を訪れ、秋には渓流に浮かぶ一枚の紅葉が忘れられず竹渓九曲を訪れ、冬の登山者は少し凍った渓流の下から感じられる生命力から人生を学びます。また、一年中いつも美しい小白山の竹渓九曲は、一言で「山あり水ありの、空高いところ」です。

竹渓九曲は自然の景観に秀でているだけでなく、谷にそって最初の賜額書院(王から扁額を賜った書院)である紹(ソ)修(ス)書院があり、歴史の息吹まで満喫できる場所です。